聾CODA聴第2回研究会から「アナログ筆談」の考察

暮れに開催した『対話の時間』の記録を眺めています。当日の対話者は手話、音声、筆談(文字)を交えながらの13名(聾/難聴6名、聴者6名、CODA1名)。筆談方法は2種類用意しました。個人の「つぶやき」は手持ちのホワイトボードに、共有したいテーマや感想は2畳ほどのテーブルに敷き詰めた紙にカラーペンで自由に書きます。

 現在、文字のコミュニケーション・ツールは、UDトークを始め、スマホアプリやメールなど、大掛かりなアナログ要約筆記の装置からかなり進化しました。補聴器を使う高齢者も確実に増えていますから、文字の情報保障は聾聴どちらにとっても今後も注目すべきテクノロジーです。
 ただし世界には文字(言葉)にできないことがある。そのことを忘れてはなりません。逆に言えば、文字になったことだけが世界のすべてでは無いと意識しなければ、便利さと引き換えに切り捨てられていくこと、失うことが増えていくはずです。
 例えば「手話」は、情報を複合的に伝えられるユニークな言語です(音楽で言えばモノフォニーではなくポリフォニーというか)。顔の表情にも文法があり、手が描く線の質感にも意味があります。しかし聴者は、この豊かな和声の音楽から主旋律だけを抜き取ったような解釈をしがちですし、文字情報"だけ"を保障しようとする。これは既に聾聴を越えたコミュニケーションの本質の話になると思いますし、このプロジェクトの根幹にあるテーマですので、また後日。
 この研究会では写真や動画や身体を使うこともあります。聾聴に関係なく受け取れる非言語要素でテーマを共有するためです。さらに"対話の筆談"は紙にペン、アナログの方が非言語情報が乗りやすいと判断しています。特に今回のように10人以上の「対話」には適している。それはなぜでしょうか。
 文字を"書く"という行為の身体性、思考を表すスピード感、文字のかたちや大きさや色。内(思考)が外(文字)につながるプロセスが共有できることに加え、文字そのものに"その人"のキャラクターが垣間見えるからです。時には絵になり、線を引いて他者の言葉とつながり、時間を遡ったり枝葉を広げたり、境界線も越えられる。言語│非言語、音のある│ないを自由に行き来する感覚が、場の空気を柔らかくする。今回の参加者の方が「安心して参加できた」と書かれていましたが、まさに誰もが参加できるツールです。
 もちろんデジタルの良さもあります。今はタブレットで紙とペンのように"書く"ことも、スマホを使った集団ディスカッションも可能です。そもそもリアルな場を設けず、遠隔での"ネット対話"もできるでしょう。多数の見学者とライブで共有することも簡単です。
 しかし参加者にとって、それは「対話の時間」なのか?と考えます。なぜなら対話の定義は「向かい合って話すこと」だからです。向かい合うのはPCやスマホの画面ではない。例えば、思わず文字を書く手が止まるような"沈黙"の意味を見落とさない。アウトプットされた文字だけを情報としない。書き損じや試行錯誤のプロセスを削ぎ落とした表層的な時間をつくらない。そもそもの'書く技術"に格差がある状態も避けたい。
 ちなみに、この聾CODA聴の研究会は効率的なシステムを考える場ではありません。ここではアートやケアにとって大切な「言葉にならないこと」や多様で柔らかな人と人とのつながり方を、音のある│ない世界を行き来するアーティストたちが当事者として思考し、場を広くひらいています。
 アナログ筆談(紙とペン)に話を戻せば、持ち運びが軽く、電気もいらない。後から"時間の足跡"をひと目で見返せる、しかも安い。効率とは何だろう?と思います。紙とペンは音のある│ないをつなぐ神ツールなのでした(笑)。
 誰もが普段から筆談用具を持ち歩くことで、社会の意識も変わっていくはずです。も
ちろんスマホも立派な道具になりますので、お出かけの際はお忘れなく。

◎当日の詳細は後日あらためてレポートします。(文責ササマユウコ)

(アートミーツケア学会青空委員会公募プロジェクト2019)

#聾CODA聴 
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第2回境界ワークショップ研究会

『対話の時間』

雫境(聾/身体)

米内山陽子(CODA/手話)

ササマユウコ(聴/サウンドスケープ)

協力 外崎純恵(弘前大学大学院)

主催:芸術教育デザイン室

   CONNECT/コネクト

www.coconnect.jimdo.com

#アートミーツケア学会 #対話の時間 #雫境 #米内山陽子 #ササマユウコ 

#手話 #非言語コミュニケーション

【追記】
こちらは"デジタル筆記"の最先端。昨年の「あいちトリエンナーレ」にも登場したメディアアートの世界で注目されているTypeTraceです。言葉の打ち始めから確定までにかけた時間に応じて文字の大きさを変えたり、削除履歴も表示する。執筆プロセスを可視化するソフトは、限りなくアナログ筆記に近づく試みとも言えそうです。

https://typetrace.jp/team.html


筆者:ササマユウコ

(音楽家/芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト代表

2011年東日本大震災を機に、サウンドスケープを「耳の哲学」として世界のウチとソトを思考実験中。アートミーツケア学会、日本音楽即興学会、日本音楽教育学会会。
2017年6月、聾CODA聴プロジェクトを雫境(聾/舞踏家)、米内山陽子(CODA/劇作家、舞台手話通訳)と共に立ち上げ、2017年、2019年アートミーツケア学会青空委員会公募プロジェクトをコレクティブに展開中。