空耳図書館のはるやすみ④『宇宙の音楽』

宇宙とつながる本
宇宙とつながる本

 

(写真左から)

➀『太陽と月 10人のアーティストによるインドの民族の物語』青木恵都訳(タムラ堂2017 TARA BOOKS)

②『世界のはじまり』バッシュ・シャーム/ギーター・ヴォルフ  青木恵都訳(タムラ堂2015 TAARA BOOKS)

③『天空の地図〜人類は頭上の世界をどう描いてきたのか』アン・ルーニー著、鈴木和博訳 (日経ナショナル・ジオグラフィック社2018)

 今日は春分の日。1年に2度、春と秋に「昼と夜の長さが同じになる日」です。太古の昔から人類がこの日を特別な一日と捉えていたことは、世界中の祭りや宗教、儀式に使われた遺跡等からも解ります。ちなみに仏教では夕日が沈む場所(真西)にある黄泉の国に通じる門が開き、”あちら”と”こちら”の世界がつながる「彼岸の中日(ちゅうにち)」と考えられています。まさに内と外がつながる日。

 「空耳図書館のおんがくしつ」では音楽と宇宙(天文学)がつながっていた時代の感覚を大切にしています。昨年の「冬至(昼がいちばん短い日)」に開催した「おんがくしつ」でも、宇宙を題材にした絵本や天文学関係の図鑑を「音楽の本」としてご紹介しました。特に近代科学以前、まだ神話や音楽の延長上にあった宇宙の天文図は楽譜や絵画のように美しく、何度みても飽きません。天文図をきっかけに、日々の暮らしの中でも春分・秋分、夏至・冬至、月の満ち欠け、潮の満ち引き、春・夏・秋・冬、晴れたり曇ったり、身近な「宇宙の音楽」をぜひ意識して感じ取ってみてください。

 現在、世界中が新型ウィルスの脅威に戦々恐々としています。しかし朝も夜もやって来ます。日ごとに森は春めき、ウグイスも鳴き始めている。川べりの桜の蕾は今にも咲きそうなほど膨らみました。「宇宙の音楽」はいつも通りに奏でられているのです。人間は大きな大きな音楽の中のとても小さな存在だと思わずにはいられません。

 人間の体内は約60%が水で出来ています。その成分は海水とよく似ている。月の引力が潮の満ち引きを起こすように、体内の水も宇宙のリズムとつながっています。心臓の鼓動は1分間に約60回〜70回。1秒に1回、私たちは生命という時を刻んでいる。それが24時間、1ヶ月、そして地球がひと回りする1年を積み重ねていく。鼓動もまた宇宙のリズムとつながっていくのです。

 手拍子や足拍子、呼吸や声、生きものの皮や骨、小枝や石を楽器にする。厳しい冬が終わり、春の訪れを全身で祝う祭りや儀式には、長い冬の間に縮こまった身体や精神のエネルギーを整える目的もあっただろうと思います。

地動説と天動説は、実はどちらも正しい?
地動説と天動説は、実はどちらも正しい?

【おまけ】少し前に『ボヘミアン・ラプソディ』というイギリスのロックバンド「クイーン」をモデルにした映画が大ヒットしました。彼らの代表曲のひとつ「We will rock you」は世界的にも有名で、CM等でも使われていますので誰もが一度は耳にしたことがあると思います。足踏みと手拍子で「ドンドンパン│ドンドンパン」のリズムで始まるイントロは鼓動のように印象的で、いちど聞いたら忘れません。映画では会場に「調和」をもたらそうとしたブライアン・メイが発案していましたし、「天文学者」らしいアイデアだと思いました。

 調和=ハルモニアは天文学と音楽がひとつだった時代の考え方ですが、現在も西洋音楽や哲学の源流を知る上では欠かせない思想です。「鼓動」は世界中の人間ひとりひとりの体内で刻まれている人類共通のリズムなのです。

 You tubeにはいくつかバージョンが上がっていますが、1977年のオリジナル動画は本当に心臓音そのものに聞こえます。最近のカバーはテンポがもっと早くなっていますが偶然とは言えません。なぜなら20世紀後半の音楽はコンピュータやシンセサイザー、リズムマシン等のテクノロジーの進化に伴い身体感覚が離れていった時代でした。他の産業と同じく「早く」「複雑」に、そしてどんどん「大きく」なっていったのです。

 現在の世界動向を見ると、この先数年は大きなコンサートが自粛されてしまうのかもしれません。ネット配信に切り替える動きも加速していますし、パンデミックを経験した「21世紀の音楽」の在り方、関わり方、そして考え方そのものが大きく変わることは確かです。さらにテクノロジーに頼る方向、反対に小さく原始に戻る方向、二極化するかもしれません。いずれにせよ「音楽とは何か」をあらためて考える機会です。

 世界では皮肉にも人が活動を止めたことで綺麗になった川、静かになった街が驚きをもって紹介され始めています。人類が地球にしてきたことを冷静に見つめることが、結局は「音楽とは何か」を考えることにつながっていきます。空気がきれいになった夜空には星もたくさん見えるでしょう。この際だからゆっくりと「宇宙の音楽」をきいてみませんか?
 最初にご紹介した『月と太陽』『世界のはじまり』は「空耳図書館」が大切にしている絵本です。南インドにあるTARA BOOKSで1冊づつ手作りされた美術作品のように美しい絵本。日本ではタムラ堂さんから出版されています。

『地動説』と『天動説』のペーパークラフトは(株)キャノンの専用サイトから無料ダウンロードできます。普通紙に印刷して裏に薄めの厚紙を貼るとしっかり作れます。ちなみに天動説のプトレマイオスが手にしているのは十字架ではなく天文用の測定器だそうです。


ササマユウコ(音楽家・空耳図書館ディレクター)

2000年代にCD6作品を発表。2011年東日本大震災を機にサウンドスケープを「耳の哲学」に社会のウチとソトを思考実験中。上智大学文学部教育学科卒(教育哲学、視聴覚教育)、弘前大学大学院今田匡彦研究室(サウンドスケープ哲学 2011~2013)。2011年4月に原発事故避難者の後任として町田市教育委員会生涯学習部市民大学に。2014年に芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト代表。