新年のごあいさつと『世界の調律』新装版発売のお知らせ。

 コロナ時代も早3年目となり、この2年間は原点に立ち返る貴重な機会ともなりました。コネクトならではの「密度の濃い時空間」がなかなか作れずに試行錯誤が続きますが、映像制作やオンラインセミナー、読書会など新たな可能性も開けています。空耳図書館コレクティブでは6人の専門家(サウンドスケープ、野口体操、音楽療法、音楽人類学、手作り楽器・美術、手仕事)が知恵を出し合うかたちで新たな展開を始めています。ミュージックハブ的な役割も果たしていきたいと思いますので、FBの専門ページもどうぞお気軽にフォローしてください。

 新年早々にはサウンドスケープの哲学から新しいオンガクのかたちを思考実験する『即興カフェ』を始め、昨年9月の東京芸術劇場社会共生セミナー『もし世界中の人がろう者だったら どんなかたちの音楽が生まれていた?』(出演:牧原依里、雫境、ササマユウコ)で、ろう者の皆さんにもご紹介したR.M.シェーファー主著『世界の調律〜サウンドスケープとは何か』が新装版で念願の再販となりました(店頭販売は7日、ネットは11日から)。
 セゾン文化の仕事を離れた80年代の終わりに池袋のリブロでこの本に出会い、2011年の東日本大地震を機に原典と共に読み直し深く関わってきた大事な本でしたが、途中で絶版となっていたので嬉しい限りです。試論としての矛盾も孕む音楽のようなシェーファーの森羅万象を見事に翻訳された1986年当時の若き研究者たちの熱量も伝わってくる名訳です。ちなみに田中直子さんは高校の先輩、若尾裕先生とは2016年に下北沢B&Bにて新井英夫さんと座談会を開催させて頂きました。
 シェーファーが昨年8月に亡くなったことで、地元カナダのメディアやNY Timesは氏に作曲家、作家、音の環境活動家の順で3つの肩書きを付け、生まれながらに視覚障害があり8歳で片方の目を摘出したこと、本来は画家志望だったことも伝えていました。今の若い人たちにはオーディズムと誤解されそうな表現の数々は差別意識とは対極で、目から耳へと知覚をシフトして音楽家として生きるシェーファー自身の決意表明もあったように思います。なぜならサウンドスケープの概念は「社会福祉」にもつながると本著でも示唆されていますし、何よりシェーファーは権威を嫌うオープンマインドの持ち主だったからです。
 いずれにしても21世紀も「音楽」を問う主要な一冊として長く読み継がれていくことでしょう。一見すると難しい専門書のようですが、オンガクの内と外をつなぎ、世界と柔らかに関わり直す哲学書でもありますので、是非パラパラと目についた章から読んでみてください。
Sonic Universe!(邦訳:鳴り響く森羅万象に耳を開け!)
 ※ シェーファーを日本に紹介し早逝した作曲家・芦川聡さんの追悼『波の記譜法』も1986年出版されています。
 ※シェーファー/今田匡彦(弘前大学)共著『音さがしの本 リトル・サウンド・エデュケーション』(春秋社)は発売中。

筆者:ササマユウコ(音楽家、芸術教育デザイン室CONNECT代表)

 東日本大震災を機に「サウンドスケープ」を耳の哲学にアーティストや研究者と共に思考実験や対話の時間をつくっている。2000年代の作品はYukoSasama名義でN.Y.から72ヵ国で配信中。空耳図書館、即興カフェ、聾CODA聴プロデュース、執筆、即興ワークショップなど。