東京アートにエールを!2020『空耳散歩LISTEN/THINK/IMAGINE』を振り返って

 2020年に実施された「東京アートにエールを!」に出品したササマユウコ映像作品『空耳散歩』。東京都の特設サイトは2022年3月末日をもって終了しました。これまでに4000回近い予想外に多くのご視聴いただきました。心よりお礼を申し上げます。

 映像は引き続き、芸術教育デザイン室CONNNECTの著作権管理のもとYouTubeに残します。「耳の哲学」として「サウンドスケープ」とは何かを考える教材のひとつに、またオンガクとは何かを問う哲学対話の題材としてもご参照頂けましたら幸いです。

 「空耳散歩 LISTEN/THINK/IMAGINE」(全12分)は前編・後編の二部構成です。前半は、突然はじまったコロナ時代StayHomeの記録を兼ね、ササマユウコ生活圏の内と外の音宇宙を「きく」実践記録です。それまでの忙しい生活の中で見落としていた身近な世界をマクロコスモスにつなげるような経験となりました。また世界が未知のウィルスに騒然となっている中でも、静かに変わらずに営まれる自然界のリズムに生命力を感じていました。

 後半はその「きく実践」を踏まえての創作パート『宇宙の音楽』です。ろう者のオンガクを追求する舞踏家・雫境さん北千住や芝の家で音楽活動も展開する美術家・小日山拓也さんにご協力をいただきました。雫境さんにはササマが創作した「詩/文字/言葉」からインスパイアされた非言語手話を表現してもらい、その映像から再びインスパイアされた自身の即興ピアノを弾いています。分断された世界の中で、言葉を動機としたオンガク、異空間・時間差・無音の中でも生まれるオンガクの可能性を探りました。また小日山拓也さんには「円環の時間」の象徴として「月と太陽」をテーマにオリジナル影絵の走馬灯を制作頂きました。撮影現場では走馬燈そのものが発する「円環する音」も題材に使いました。再生速度を少し落とすことで視覚的な解像度を「上げる」ような効果を生み、その円環に内在する「うねり」にも宇宙を感じました。私たちの無意識には回転する星のリズムが刷り込まれているのかもしれません。
 この映像を制作した翌年の夏に、サウンドスケープの提唱者であるR.M.シェーファーが88歳でこの世を去りました。海外の訃報を伝える記事の中で、シェーファーは生まれつき視覚に障害があり8歳で片方の眼球を摘出したと記されていました。もともと絵の才能があり画家を目指していたシェーファーは、十代半ばで入学した美術学校を視力が理由で二年で自主退学し、そこから音楽の世界に身を転じます。シェーファー最大のオンガクとは、みるときくをつないだ知覚で森羅万象(響き合う世界)を発見し、そこに「サウンドスケープ」という名前をつけたことだと思います。ちなみに、その知覚の使い方を育む「きくレッスン」を「サウンド・エデュケーション」と言います。
 オンガクとは何か、何がオンガクか。音は生まれては消えていく。自然界のみならず日常の音風景すべてが本来が生まれては消えていく一期一会です。その偶然性が愛おしく記録に残すわけですが、一方で音風景とは「世界の切り取り方しだい」であることにも気づきました。常に変化している音風景は時間の移ろいに他なりません。その時間の捉え方を変えると違う音風景が立ち現れるのです。途切れることのない自販機の低周波、空調の室外機、車の音、パソコンのモーター音。。周囲に溢れている人工的で直線的な時間の中から、小鳥のさえずりや風のゆらぎ、マンホールの中を流れる水の音がきこえてくるのです。
 「直線的な時間」を感じている時は世界をピンポイントに切り取っているからなのです。本来の世界はもっと大きな「円環的な時間」で営まれている。このStayHome期とは、現代人がいつもの時間の中で足を止め、目できく、耳でみるように大きな時間を思い出した貴重な日々でもあったはずです。庭の片隅で毎年変わらずに咲く小さな花、森の中でひっそりと生息するキノコたち、鳥や虫たちの存在に気づき、彼らの時間を知りました。また、成長した子どもや年老いた両親、家族と共有する内的時間の厚みを再確認するような体験もありました。つまり、ウィルスに翻弄される人間界が急ブレーキを踏むように直線的時間の中で足を止めた時、忘れ去られていた大きな円環的時間が浮き彫りになったのです。
 時間を考えることはオンガクを考えることに他なりません。オンガクと時間は不可分ですし、サウンドスケープとはその時間が折り重なった「移ろう場」なのです。今回はその「場」をスマホに落とし込むことで、まるで作曲するように映像作品になったことが個人的には一番の発見でした。いわゆる音楽を作曲することと、サウンドスケープ映像を撮ることが同じ感覚で進められました。逆に言えばこの「空耳散歩」に映像ロジックは使われていないのです。これは「目できく」ワークショップ等に応用できると思います。

 そして、あれから2年が過ぎました。人間界はふたたび忙しない「直線的な時間」に戻ろうとしています。それは小さな時間の中に押し込められていくような感覚です。この春にはシェーファーが「地球で最もうるさい音」と示唆した「戦争のサウンドスケープ」まで鳴り始めています。オンガクとは何か、サウンドスケープとは何かを考えることは結局、人間とは何かを考えることに他なりません。原爆が落とされた長崎の曲を作り、米ソ冷戦構造の核の脅威から「サウンドスケープの調和」を説いたシェーファーが生きていたら、いま何を思うだろうと考えます。
 映像の中に「円環的時間」の象徴として回る床屋の看板が登場します。私が子どもの頃からあったその店のご主人も昨年亡くなりました。円環的時間の象徴だった看板はしばらく止まったままで寂しい限りでしたが、今ふたたび奥様の手によってくるくると回っています。これは時間やオンガクを考える上でとても象徴的な出来事でした。
 人生とは、短い直線をつなぎ合わせて大きな円環を作るような時間のことかもしれません。その時間が持つ「色彩」の移り変わりを、耳と目、全身でしっかりと感じ取ること。サウンドスケープとは絵葉書のように眺めるものではなく、世界の中心に自らを据えることで立ち現れる時間なのかもしれません。(2022年4月4日 ササマユウコ)

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What is Music?Thinking as a Soundscape.

サウンドスケープを「耳の哲学」に世界のウチとソトを思考実験するササマユウコの動画シリーズ。「LISTEN/THINK/IMAGINE」をテーマに①内的思考の時間②MUSICA MUNDANAの二部構成でウチとソトの世界をつないでいきます。「LISTEN/THINK/IMAGINE~目できく・耳でみる・全身をひらく」音の散歩をお楽しみください。

・東京アートにエールを!2020出品作品

・『コロナ時代の”新しい音楽のかたち“を思考実験する』(文化庁活動継続支援事業2020)

東京都専用サイトは2022年3月に終了しました。3800回のご視聴を頂きまして、ありがとうございました。

(C)2020 芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト

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監督:ササマユウコ
Walking and DIrecred by Yuko Sasama
www.yukosasama.jimdo.com この映像に関する 
この映像に関するお問合せ tegami.connect@gmail.com

Soramimi Sampo♯01 LISTEN/THINK/IMAGINE Directed by Yuko Sasama
This movie is the essence of the Soundscape philosophy. "Soramimi Library" and "Impro cafe" are based on it. They are musical experiments by Yuko Sasama who is a unique Japanese musician. "Soramimi Sampo" means soundwalk that needs to listen, think, and imagine. This movie theme is "What is Music"? This is a project of Tokyo cheer for art 2020. https://cheerforart.jp/detail/3043 Soramimi Sampo #01 LISTEN/THINK/IMAGINE Sonic universe!(12:19) Part Ⅰ Inner Thoughts Part Ⅱ MUSICA MUNDANA (6:28~) Part Ⅱ Guest DAKEI/Poetry Body Movement by Deaf Takuya KOHIYAMA/Art of lights「Merry-go-round lantern」&Poetry Reading   Staff:Co-Editor/Hana IMAI  Piano Recording/analogmode  Director/Text/Piano/Walking  
Yuko SASAMA https://www.yukosasama.jimdo.com All copyrights reserved
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(2022年4月4日 ササマユウコ)