東京芸術劇場社会共生セミナー登壇につづき、11月1日には第3回「カプカプと新井一座に学ぶ 舞台芸術と福祉をつなぐファシリテーター養成講座」(主催:センター・フィールド・カンパニー 神奈川県マグカル事業)が実施されました。第1回、第2回の記録。
【内と外・音と関係性の話】
今回ちょうど新井一座の内と外、「音と関係性」がよくわかる写真がありましたので、記録映像担当の飯塚聡さんから拝借しました。一見するとみんながピアノに合わせて何かをしているようですが、実は違います。
この時はカプカプーズと新井さんと板坂さん、そして今日は受講生の皆さんがつくる内側の音世界があって、私が弾く外世界のキーボード(マリンバ音)は時間に「余白」を作っています。内世界で生まれるリズムや雰囲気と響き合いながらも、外は音環境(サウンドスケープ)として存在しているシーンです。音は楽器の位置からではなく、壁向きに離して設置されたスピーカーから会場全体を立体的に包み込むように出ています。新井さんはその音もよくきいていて、言葉によって内と外を響き合わせていきます。内側でも笛が吹かれたり、音具が鳴らされたり、「焼き芋売り」がいたり笑、違うリズムが生まれていることもあります。写真は綺麗な状態ですが、内と外の音環境やかたちは時間と共に有機的に変化します。しかしこの「響き合う関係性」は変わりません。そしてさらに外世界にはもうひとり対角線上に小日山さんがいて、虫や鳥のように、時には雨や風のような自然なタイミングで自由に音を出しています。
音を言葉で伝えるのはなかなか難しいですが、「サウンド・エデュケーション」の応用と、リトミックや音楽療法との違いが少しでも伝わっていたら嬉しいです。特に幼少期から聴覚訓練を受けてきたような音楽の専門家は、むしろ演奏時よりも聴覚の感度を下げて(全方位的に使って)、他の知覚をひらくように全身でバランスを取る意識を大切にしてください。
また福祉の場で音を扱う場合は特に「音=物理的エネルギー」であることを自覚して、パワーバランスに配慮しましょう。現在ALSを罹患している新井さんの知覚も日々研ぎ澄まされていますし、福祉や特別支援級の現場では知覚過敏の対象者がいるか否かの事前リサーチも必要です。聴覚過敏者が「音楽や音が苦手な人」と誤解されていることも多いですし、実は大きな音やノイズ等が苦手、怖いだけの場合がほとんどです。参加者に体調や情緒が優れない人が多い場合は、鼓動よりも早いリズム、不安定なコード進行等は避け、ミニマルな安定感を優先します。
音が人の心身に与える影響は想像以上に大きいものです。福祉の場でのファシリテーターには「舞台から聴衆を圧倒する」ような一方向的な関係性は求められていません。逆説的ですが、サウンドスケープ的に「耳をひらく」訓練には、日常のなかでも聴覚以外の知覚を世界にひらく意識が大切になります。特定の音への解像度を上げすぎず、世界全体のお解像度を上げるのです。それは結果的に多角的に世界を捉え直すこと、また自らの音楽との関わり直しにもなります。場によって聴覚を含む知覚の使い方を変えることを意識すると、おのずと「音楽・サウンドスケープ・社会福祉」の道筋が見えてくるはずです。
また講座全体については後日イラスト付きでシェアいたします。皆さま、お疲れ様でした。
秋をテーマに受講生が導入部をつくる時間。サツマイモの存在がとても効果的に物語を紡いでいました。
休憩中の大事なメンテナンス。石川清隆さんが重力と闘う新井さんをマッサージ。ALSは全身の筋力が衰える進行性の難病です。
アート・コレクティブ/新井一座
2016年9月開催のカプカプ祭りで、スタッフ鈴木まほが命名。野口体操・美術・サウンドスケープ・コミュニティ―アートを専門領域とするコアメンバー(新井英夫、板坂記代子、ササマユウコ、小日山拓也)を中心に、カプカプーズやスタッフ、芝の家音あそび実験室、北千住だじゃれ音楽研究会、団地の人たちも巻き込みながら、横浜の地域作業所カプカプでワークショップを展開している。2023年現在はALSを罹患する新井の身体変化を想像力と創造性に変え、20世紀ダダや70年代フルクサスへのオマージュ、即興性や不確定性、ブリコラージュや実験精神を盛り込んだ更新育成講座も担っている。
参考文献 ※音楽専門家用ではありません
「大きな耳 音の悦楽、音楽の冒険」アラジン・マシュー 井上哲彰訳 創元社 1996
「聴くことの力 臨床哲学試論」鷲田清一 TBSブリタニカ 1999
「音さがしの本」R.マリー・シェーファー&今田匡彦 春秋社 2008
「LISTENリッスンの彼方に」雫境編 ササマ寄稿 論創社 2023
「境界はどこにあるか~音楽・サウンドスケープ・社会福祉」ササマユウコ アートミーツケア学会オンラインジャーナル2023
「点・線・面からチューブへ」鈴木ヒラク 左右者 2023 →美術の本です
「内と外をつなぐ柔らかな耳~音のワークショプ、あるいは気づきのプロセス」ササマユウコ(今井裕子)2013音楽教育実践ジャーナル ※東日本大震災以降に携わった自治体市民大学の実践から
執筆:ササマユウコ(音楽家・芸術教育デザイン室CONNECT代表)
1964年東京生まれ。80年代のセゾン文化事業担当、ヤマハ『ピアノの本』編集部、公共劇場スタッフと並行して作曲・演奏活動。2011年の東日本大震災を機に大学研究室、自治体生涯学習部等で「音楽・サウンドスケープ・社会福祉」の実践研究。
アートミーツケア学会理事、日本音楽教育学会、日本音楽即興学会