今回は受講生ふたつのグループのうち、後半Bグループの初日でした。事前の講師打ち合わせでは、既に福祉や学校等でワークショップ経験を積んでいる受講生の皆さんには、何よりもまず「カプカプ」という場を体験して頂くことを最優先にプログラムを考えました。
【祝祭の日、という物語へ】
偶然ですが、今回の講座がひらかれた3月1日は、カプカプ名物「カッパ大ミオ神」となったメンバー・ミオさんの命日でした。ちょうど亡くなった翌日に新井一座(新井英夫、板坂記代子、ササマユウコ)のワークショップがあり、みんなで花吹雪をつくって華やかに「お弔い」をした想い出があります。ワークショップ終了後には、安らかに眠るミオさんにお別れのご挨拶にも伺いました。それがいつの間にか等身大のカッパ人形になって、今もお店の前で団地商店街を見守っています。そこからの記憶をたどりながら「奉納×ひな祭り」をテーマに、儀式や祭りや民族芸能、つまり舞台芸術の「原初※文末に注釈」に立ち返るような時間と場を目指してワークショップが進んでいきました。
「福祉のワークショップ」といえば、芸術を「使って」サポートする/される関係性や場が生まれがちです。しかしこの講座では、日頃の仕事で接客経験を積んだカプカプメンバーも「受講者」を迎え入れる側にあること、メイン講師の新井英夫さんが進行性難病のため電動車椅子を使用し始めたこと、サポートする/される関係性が固定されず、それまでの関係性が「当たり前に」変化するプロセスの只中にあります。そもそも舞台芸術/福祉、健常者/障害者を分ける境界線とは何か。誰がそこに線を引くのか。10月から始まった講座の「場」から社会的な境界線が消えて、新たな関係性が生まれ始めています。
それだけでなく、花吹雪が舞い上がる中で、生と死、この世とあの世、天と地もつながるような美しい風景が生まれていました。
【内と外が響き合う】
少しテクニカルな話をすると、カプカプで今まで続けてきた「からだ」のルーティンワークも、場を支え整える「柱」として大切にしました。中でも「昔あそび」の定番「なべなべそこぬけ」を応用したワークは、受講者の皆さんも、身体を通して信頼関係とは何かを感じられていたようでした。
さらに、皆さんの関心が高かった鈴のついた「ゴムの輪」(写真)、それによって視覚化された場の在り方を説明します(このゴムの輪は、新井さんがコミュニティ・ダンスのイギリス人講師から教えてもらったということでした)。
綿の外から見ていると、まるでプロレスのリングにあがるように、ゴムの内側では様々なドラマが繰り広げられていきます。しかもその「輪」は同心円ではなく掴んでいる皆さんの関係性によって有機的に変化する。そこには外とは違う世界が生まれていくのです。外にいる筆者は内で起きているコトと響き合うように音風景をつくっていきます。この時の「音」は鼓舞や包摂や誘導とも違う、輪の内と外をつなぎ、響き合わせる意識で鳴らしていました。内側の場面転換のタイミングが来ると、輪の外にいる筆者(音担当)に向けて新井さんがアイコンタクトを送ってきます。ちなみにすべて即興です。
新井さんと、音担当の小日山さんが意識的に内と外の輪を往来し、板坂さんは内の輪、ササマは外の輪に留まりながら、講師4人でひとつの天文図が生まれるように動いていました。今回は特に新井さん(車椅子)が外の輪にいる場面も多く、外側の世界から参加者同士の関係性を星座のように俯瞰していたと思います。
【芸術と福祉の曖昧な関係】
舞台芸術と福祉をつなぐ「場」とは何かと考えると、やはりこの内と外の「輪の在り方」が象徴的だと思いました。内側の輪は福祉や障害という概念で括られた人たち、外側の輪は音担当だけでなく事務局や見学者、いわゆる社会的マジョリティの世界です。つまり大きな輪(社会)の中に「福祉」という特別な世界が包摂されたような状態です。この段階で両者を行き来しているのは「音」だけです。
しかし内から外へ、ひとりまたひとりとはみ出してくる。すると内の輪の輪郭は徐々に崩れ、最後はひとつの大きな輪になっていくのです。外の人たちも楽器を手に内の輪と溶け合っていく。芸術が福祉となり、福祉が芸術となり、いつしかそれは「生きること」そのものとなる。人間同士が響き合うサウンドスケープ(音風景)です。
新井さんが現在ALSと共に向き合っている「変化する身体」は、私たちが例外なく生きる「高齢化する身体」です。早回した身体時間に他ならない。身体とは何か。身体が変化すると何が変わり、何が変わらないのか。今回のワークショップをこうして思い返す時、電動車椅子に乗った新井さんはやはり「踊っていた」と思うのです。身体が自由自在に動いていた頃のワークショップと質感は何も変わらない。その「変わらない」部分を芸術と呼ぶのかもしれません。
そもそも福祉と舞台芸術は最初からつながっている。人類の歴史をみれば、障害のある身体リズムを模した祭りもあります。新井さんの変化する身体も自然に受け入れていく包容力が福祉の世界にはあります。人に「障害」という境界線を引き、隔離してしまったのは舞台芸術を含む社会の方だということを自覚しておきたいと思います。
【”ふりかえり”という対話の場】
今回の講座で感じているのは、ワークショップを体験した後におこなわれる「ふりかえり」の場の豊かさです。3年間のコロナ禍ですっかり失われていたリアルな対話の場。身体が直接「触れ合う」感覚を取り戻すことと同時に、身体の経験を自らの言葉に落とし込み、他者と共有する学びの深さを実感します。教える人/学ぶ人という役割を終えて、「個」に戻って共に考えることで、講師も気づかなかった発見がありました。
情報だけを得たいならオンラインで十分ですが、舞台芸術は「その場」に身を置かない限り体験できない領域です。コロナ禍では何が欠落していたのかを思い出すこともできますし、今回初めて体験する学生さんもいました。同じ空間に存在し、生の声をきくということ。表情や沈黙から非言語の情報をくみ取る力・・。何よりもみんなで輪になって、自らが受け入れられている安心感の中で、言葉を放てる自由の場。実はそれこそが「福祉」の本質かもしれないと思うのでした。
※次回は2022年度マグカル事業の最終回となります。受講者の皆さんもファシリテーター・コーディネーターに挑戦して頂きます。
おまけ【”舞台装置”としての電動車椅子】
FBでは動画もご紹介していますが、今回は「祝祭」がテーマだったこともあり、新井さんの電動車椅子を舞台装置のひとつに見立てて風車や花で飾ってみました。風車のアイデアは、現代アートや沖縄の風習を参考にしましたが、本来は「電動車椅子が怖い」感受性の強いカプカプメンバーが少しでも安心して参加できるように編み出された工夫でした。
結果的には、メンバー自身が最初に手動車椅子に乗ってみたことで恐怖心は生まれなかったようですし、新井さんの電動車椅子が動くことで回る風車の在りようがとても愉快でした。
さまざまな身体、さまざまな感受性を持つメンバーの世界を受け止め、身近なもので「受けてたつ」感覚はブリコラージュと通じると思いますし、各専門家が集う「新井一座」ならではの強みだとも思いました。何よりユーモアも大切ですね。
「芸術の原初」とは(後日、新井さんとのメールから)
体奏家・新井英夫さんの根幹には「野口体操」の哲学があります。野口体操の文脈では、原始(今に対して点的に時間固定した過去や昔のこと)に対して、原初(おおもとのはじまり・オリジンというような意味を含む、過去を起点としていたとしても今に線的につづくコト)は非常に大切な言葉だそうです。ちなみに野口体操では「原初生命体としての人間」という言葉もあり、原始人「昔の古臭い未発展なこと」ではなく原初人(いまを生きつつもオリジンを大切にしそれに通じている)と表現します。「大いなるリスペクト持ちつつ過去の知財文化財をいまの文脈で捉え直して再構築する」(by 新井)という「態度」。新井さんが福祉の場に受け入れられる本質的な理由が見えてくるお話でした。
記録:ササマユウコ(音楽家、芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト代表)
3歳からピアノを始め、90年代から作曲活動。2011年の東日本大震災を機に、カナダの作曲家R.M.シェーファーが70年代に提示した「音楽、サウンドスケープ、社会福祉」をテーマに実践研究を展開中。
即興カフェ、聾CODA聴対話の時間など。カプカプ「新井一座」には2015年から参加。