〈おすすめ展覧会〉東京都美術館『大地に耳をすます 気配と手ざわり』(内覧会レポート)

展覧会『大地に耳をすます 気配と手ざわり』ミロコマチコの展示から@東京都美術館 2024年7月20日~10月9日
展覧会『大地に耳をすます 気配と手ざわり』ミロコマチコの展示から@東京都美術館 2024年7月20日~10月9日

 不忍池の蓮が薫り始める頃、東京はお盆の季節を迎えます。上野の杜周辺は寺院も多く、古くから住む人たちはご先祖様の記憶と対話するようにお線香を焚き、静かに祈りを捧げます。7月の東京は過去と未来が交差する特別な季節。昨年のこの時期には、旧友の美術家でN.Y.在住の荒木珠奈さんが自身の東京ルーツを紐解きながら音風景と共に〈上野の底〉のインスタレーションを展示しました。今年は同じ場所で画家・絵本作家のミロコマチコさんが奄美大島のコスモロジーを展示しています。彼女とは年に一度、横浜の地域作業所カプカプの秋祭りでご一緒しています。ちなみに今月7日まで開催された東京現代美術館『翻訳できないわたしの言葉』の出展作家のひとりには、同じくカプカプファミリーでALS罹患中の新井英夫さんが参加し、〈身体の声に耳をすます〉をテーマにワークショップの世界を再現しました。

今回の作品について解説するミロコマチコさん(内覧会にて)@東京都美術館
今回の作品について解説するミロコマチコさん(内覧会にて)@東京都美術館

〈内覧会レポ:ミロコマチコ作品を中心に〉

 雑誌『暮しの手帖』でも連載中なので目にした方も多いと思いますが、ミロコマチコさんは東京に11年間暮らした後の2019年、〈生きる〉ことに軸に置いて絵を描くために鹿児島県の奄美大島に移住しました。今回は4年ぶりとなる新作絵本『みえないりゅう』原画や絵画作品とともに、彼女が感じ取った奄美大島のコスモロジーを立体作品(インスタレーション)にして展示しています。

 担当学芸員の大橋菜都子さんが〈めぐる〉という言葉から解説されていましたが、星空につながるような円型のインスタレーションを中心にした展示構成は、奄美の森の音風景に包まれながら、ぐるりと作品をめぐるような大きな円環時間、宇宙のリズムを想起させます。

 もともとミュージシャンとライブ共演をすることも多いミロコさんですが、音を含む〈みえないモノたち〉を全身で知覚して呼応する瞬発力には、即興演奏と共通する身体性や時間性を感じてきました。例えば彼女が捉えた〈水〉には躍動感があって、本当に『ゴボゴボ』と音が聞こえてくる。もう何年も泳いでいない身体に、水の中に入った時の感覚が蘇ります。絵筆というよりは〈素手〉から生まれる迷いのない動線、不思議とカオスにならない色たちの洪水。それらは彼女が全身で感じとった〈鳴り響く森羅万象〉の〈記録〉だと思うのです。
 今回の展示の一角には、森の中で絵を描くミロコさんの映像が音風景と共に展示されています。そこには印象的な鳥の声、樹々のざわめき、森の生命力に包まれながら、大きなキャンバスに向かうミロコさんの〈手ざわり〉も記録されています。映像の中ではすべてが動いているはずなのに不思議と静かな印象なのは、そこが地元の人たちも滅多に足を踏み入れない森の入り口だからです。神聖な〈場の気配〉に耳をすまし、何よりも謙虚であろうとする画家の行為は〈創作〉の域を越えていきます。自分を〈無〉にして〈みえないモノたち〉を写し取る。その〈記録〉はミロコさんの女性性と重ねればシャーマニズムとも言えますが、個人的には満天の星空に〈宇宙の音楽〉をきこうとした古来人の姿と重なります。
 どちらかと言えば静かな佇まいミロコさんですが、その作品は非常にエネルギッシュです。しかし他の画家と異なるのは、いちど手を離れてしまった作品たちをどこか達観している雰囲気があることでしょうか。それは空気中に解き放った音には執着しない、即興演奏家の在り方と似ていると感じます。彼女の作品から感じるエネルギーは宇宙の四元素〈火・空気・水・土〉そのものです。それを血肉に変えて〈今この瞬間〉に集中する。会うたびごとに森の気配を携えて〈島の人〉になっていくミロコさんは、自然と交感するなかでますます〈自然そのもの〉になっていくのかもしれません。世界に耳をすまして、何より〈手〉を動かしている限り、記録すべき〈鳴り響く森羅万象〉は永遠にきこえてくるはずです。

(7月19日記録:ササマユウコ)


展覧会『大地に耳をすます 気配と手ざわり』

 この展覧会では自然と真摯に対峙する5人の作家が紹介され、それぞれの世界から〈自然と人との関係性〉が問い直されています。また会場全体も緩やかに響き合いながら、大きな宇宙の円環が紡がれています。
 知床の日常と奄美の音風景が重なり、青森の漆と北欧のサーミがつながり、津波から再生した植物たちが、目を凝らさないと立ち現れない風景の〈印象〉に溶けていく。北から南にのびるこの国の自然の豊かさや厳しさが立ち現れています。そして自分をとりまく環境とエコロジカルに対話する美術家たちの世界に耳をすますとき、都会の暮らしのなかで見失っている、聞き逃している〈目に見えないモノたち〉の存在に、あらためて気づかされるのでした。

 サウンドスケープ的なタイトルを含め、個人的にも非常に興味深い展覧会でした。

 

会期:2024年7月20日~10月9日

会場:東京都美術館ギャラリーA・B・C

出品作家〈五十音順〉:榎本裕一、川村喜一、倉科光子、ふるさかはるか、ミロコマチコ

〇展覧会専用サイト https://www.tobikan.jp/daichinimimi/


『音さがしの本 リトル・サウンド・エデュケーション』R.M.シェーファー/今田匡彦 2008年増補版 春秋社
『音さがしの本 リトル・サウンド・エデュケーション』R.M.シェーファー/今田匡彦 2008年増補版 春秋社

 〈サウンド・エデュケーション〉のすすめ
〈耳をすます〉という聴覚的テーマが美術の世界から少なからず問われている昨今、今年はそこに〈カプカプ〉ファミリーが関わったことは偶然の必然のようにも感じています。障害のある人たちと共に過ごすアートの〈場〉には、全身を耳にするように、奄美の森をきくように、丁寧に〈場の関係性〉を紡ぐ感覚が必要不可欠だからです。
 耳をすます/ひらくことから〈音楽、サウンドスケープ、社会福祉〉を提唱したカナダを代表する音楽家R.M.シェーファーは、実はもともと画家志望でした。10代の多感な季節に、生まれつきの重い視覚障害を心配する大人たちの反対から夢を断念し、音楽の道へ舵を切ります。しかし聴覚重視の伝統的なクラシック教育には馴染めない。〈目できく、耳でみる〉ように全身を世界にひらき、音楽と美術の〈境界〉に〈Sonic Universe/鳴り響く森羅万象〉を発見したとき、音楽家としての独自の世界を確立していきました。日本の子どもたちに向けて残された『音さがしの本~リトル・サウンド・エデュケーション』は音楽のみならず、アートを学ぶ人たちにとっても示唆に富む100の課題がおさめられています。中には時代的に古く感じる内容もありますが、〈きく〉とは何かを問う哲学書として今も読み継がれています。

サウンド・エデュケーション〈蓮の花のひらく音をきく〉
サウンド・エデュケーション〈蓮の花のひらく音をきく〉

筆者:ササマユウコ(音楽家・芸術教育デザイン室コネクト代表)

東日本大震災以降、「音楽、サウンドスケープ、社会福祉」の道筋をたどりながら世界の関係性に耳をすます。アートミーツケア学会理事、2023年日本音楽即興学会奨励賞受賞。即興カフェ、ろう者のオンガク対話、カプカプ新井一座など。上智大学卒業、弘前大学大学院今田匡彦研究室社会人研究(2011~2013)。