空耳図書館のはるやすみ②
オノ・ヨーコは「ジョン・レノンの伴侶」としての印象が強烈で、一般的には現代美術家としての功績が忘れられがちです。しかし2009年には第53回ベネチア・ビエンナーレの生涯業績部門で「アートの言語に革命を起こした」としてパフォーミングアートとコンセプチュアルアート両面の実績から金獅子賞も受賞しています。まさに音楽と美術をつなぐ先駆け的実践者でした。ポップスターだったジョン・レノンもまた美術学校出身でしたので、彼女が提示した「現代アート」の持つ「表現の自由」や知性の在り処に共感したのだと思います。
どちらかと言えば、それはジョン・ケージの『4分33秒』を知った時に近い感覚でした。「目からウロコ」というか、はっとなるような「気づき」です。後でわかるのですが、オノ・ヨーコもまたジョン・ケージの影響を受けていました。しかしそのケージは禅の影響を受けている。ヨーコの影響もあったかもしれませんが、当時のヒッピー文化の流れでレノンは禅の思想にも興味を持っていました。考えてみると「円相」のようで興味深いのですが、『4分33秒が』から「グレープフルーツ」が、そして『イマジン』が誕生します。ジョン・ケージからジョン・レノンへ。ふたりの「ジョン」の存在は20世紀の音楽に多大な痕跡を残しました。
この『見えない花』は、現在87歳のオノ・ヨーコが若干19歳の時に描いた未発表の作品を息子のショーン・レノンが企画・監修、2011年8月に出版したものです。2016年に渋谷ヒカリエのギャラリーで開催された原画展を見ましたが、ここから始まる彼女の人生そのものを予感させる不思議な力を持つ作品でした。オノ・ヨーコの「画家」としての才能も感じられます。
誰にも見えないけれど確かに存在している花は、「よい匂い」は認知されつつも姿を見た人はいません。無視されているのかもしれません。しかしただひとり「スメルティ・ジョン」だけにはその存在が見えるのです。
オノ・ヨーコのコンセプチュアルアートには彼女の心の中心にある静寂の世界、知的なユーモアに触れる感覚がありますが、それは彼女がアーティストになる以前からの本質的なものであることがわかります。前述の「想像しなさい」には戦争で食べ物が無かった子ども時代の「食べ物を空想するあそび」が原点にあると本人も語っています。さらにこの『見えない花』の最後はジョン・レノンと出会った有名な作品「YES」につながる1ページで終わることは想像を越えて予言的ですらあります。この作品を”発見”した息子のショーンは「父がこっそり母の本の世界に忍び込んだのだろうか?」と驚きをもって本書に言葉を寄せています。
音楽活動では「動」を、美術活動では「静」を表現し続けるオノ・ヨーコ。どちらかひとつではなく、両方があってひとつの大きな円になる。この小さな世界を忘れることなく、生きることすべてを全力でアートに変えた稀有な芸術家であることは間違いありません。
「想像しなさい」は「生きなさい」という彼女からのメッセージなのです。
ササマユウコ(音楽家・空耳図書館ディレクター)
2000年代に映画や劇場の仕事と並走してCD6作品を発表。2011年東日本大震災を機にサウンドスケープを「耳の哲学」に社会のウチとソトを思考実験中。上智大学文学部教育学科卒(教育哲学、視聴覚教育)、弘前大学大学院今田匡彦研究室(サウンドスケープ哲学 2011~2013)。町田市教育委員会生涯学習部市民大学担当(2011~2014)。芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト代表(2014〜)。