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かながわ芸術文化祭(マグカル)事業としてカプカプで実施されている「舞台芸術と福祉をつなぐコーディネーター・ファシリテーター養成講座」。12月に予定されていた内容は急遽クリスマス音楽会となり(3月に延期)、2月1日に第3回講座が無事に実施されました。
ここは講師を務めるアーティスト視点の記録です。公式記録映像や事務局側の記録も別途ご紹介されると思いますので、是非多角的な視点からご覧ください。
今回は11月以来のカプカプーズ全員集合となり、終了後のふりかえりトーク(講師、受講者、カプカプスタッフが参加)がとても充実していましたので、全体の流れと共に内容を記録しておきたいと思います。
〇2月1日の実施内容
「ファシリテーター役を(はんなり)体験してみよう」
〇講師
新井一座(新井英夫、板坂記代子、ササマユウコ、小日山拓也)
〇事前に用意したプログラム(当日の即興もあり)
・身体をほぐす(てぬぐいを使った「エア温泉」あそび 「ババンババンバンバン」「水おくり」など)
・季節感を身体で味わう(エア豆まき 鬼のパンツを履こう!)
・ルーティンワーク(なべなべ底抜け ふたり~全員で)
〇音
スピーカー2台使用(電子ミニピアノ)、アコースティック・ピアノ、シェーカー、マラカス、鈴(鬼の金棒)、炊飯器、風呂桶、オタマトーン、ギタレレ、レインスティックなど。
※小日山特製・新井さん専用膝上楽器
〇特記事項
・コロナ禍に伴うメンバーの体調管理
・新井さん電動車椅子の動線確保
・スピーカー音の位置(次回の改良点)
ふりかえりのふりかえり
【ファシリテーターとは何か】
今回は「なべなべ」をはじめとするワークショップ全体の三本柱となるルーティンワークのファシリテーションを、受講生の皆さんに実際に体験して頂きました。
実際にやってみると「視点が変わる」との感想が多くでていましたが、その「視点」を「どこに」置くかが重要です。新井さんは特に「全体をみる、俯瞰する」ということを強調されていました。実際に参加者の輪の内と外と、立つ位置を変えるだけでも視点は大きく変わりますが、新井さんは自分が輪の中心にいる時でも、もうひとりの自分が全体を俯瞰しているような客観性を持つようにしているとのことでした。この視点には観客が存在する舞台表現者としての経験が生きていると思います。だから電動車椅子が怖くて輪の中に入れなかったメンバーがいても、「三階席から見ているお客様」のように捉えることができるのだと思います。
【チーム体制だからできること】
「チーム」というキーワードも頻繁に登場していました。演劇やダンス、舞台芸術のワークショップではひとりの強い個性が全体をひっぱる”ピラミッド型”ワークショップが主流というお話も出ていました。今回、新井さん&板坂さんは公私ともにパートナーではありますが、筆者(ササマ)は隔月開催のカプカプで既に7年間ご一緒していますので、継続する時間が積み上げた「阿吽の呼吸」や信頼関係があると思います。ちなみに小日山さんは日頃「音まち千住の縁」「芝の家」を中心に活動する特別サポーターですが、4人のチームワークに皆さんが注目されていたので、各人の専門性や個性が理想的にかみ合っているのだろうとも思います。さらに新井さんが車椅子利用者となったことも、チームの関係性が深まる大きな理由だったと思います。4人が協力し合わないと場が回らない。その容赦ない事実はフラットな関係性を生み、結果として理想的なチームワークが生まれます。ちなみに板坂さんと筆者には15歳の年齢差があるのだとあらためて本人が驚いていますが(苦笑)、年齢差は関係ありませんし、専門性を変えた多様なチーム(新井一座)編成も可能だと思います。
ひとりの強い個性が仕切る場も「舞台芸術」では魅力的な場合もありますが、現在問題となっている様々なハラスメントの温床ともなりやすく、またファシリテーター自身にも相当のエネルギーが要求されてしまいます。この舞台芸術の方法論を「福祉の場」にそのまま導入することは文化の違いからリスクも大きく、ワンマンではなく「できれば最低でも3名のチーム体制を組んで実施したい」という参加者の声もあがっていました。例えばアーティストがひとりの場合でも、施設の職員さんに応援を依頼してファシリテーター側に回ってチーム体制をとることも可能でしょう。むしろ普段の生活からは見えてこない「ご利用者さん」の魅力を発見したり、支援する/されるの関係性の捉え直しや、新たな発見が生まれていくのも芸術が持つ力だと思います。そしてこの民主的なチーム体制こそ、芸術ワークショップが目指す未来のかたちかもしれません。もちろん、数多のワークショップをファシリテートしてきた新井さんだからこそ生まれた民主的な「チーム」であり、だからこそファシリテーターが脱中心的な中心者であるために「俯瞰すること」を強調されていたと思います。
実はこの講座が始まる前は、新井さんの仕事の「集大成」を次世代に伝えられたらと関係者一同考えていましたが、未来を提示しつつ今も進化し続けているアーティスト・新井英夫の凄さをあらためて実感しているところです。
【オンガクの役割】
今回ふりかえりの中で多様なイギリスの「コミュニティ・ミュージック」の話から、ジャマイカで生まれた「レゲエ」が話題になりました。音担当者は音の数で場を盛り上げたくなりますが、余白のある音の使い方、歩く速さで心拍数を大きく超えない「身体に無理のかからないテンポ」にも思いを馳せてみました。今回ちょうど「エア温泉」で奏でたのも、ドリフターズでおなじみの「ババンババンバンバン」の部分をレゲエのテンポにしたループでした。また今回は体調がすぐれないメンバーがいたことで、ワークショップの全体を通してサウンドスケープ(音環境)のテンポを最初から最後まで一定に保つようにしました。その中で小日山さんが即興的に音の飛び道具を使ったり、自由に即興演奏をしてアクセントをつけてくれました。
ちなみに新井さんが膝の上にのせて演奏していた楽器は小日山さんのお手製です。このチームでは板坂さんと小日山さんのふたりが美術家なので、板坂さんお手製の「鬼のパンツ」も含め、毎回ユニークなブリコラージュが登場するのもお楽しみとなっています。
〇おまけ・季節感あふれるカプカプのご飯
ワークショップの音響担当でもあるカプカプスタッフの千葉さんと、カプカプのボランティアさんが中心になって作る「カプカプランチ」。毎回、趣向を凝らしたメニューでランチの日を楽しみにしています。この日は節分を前にした春らしいお寿司セットでした。
カプカプは「福祉の場所」であると同時に、商店街で喫茶店やお菓子工房を営む団地コミュニティの中心でもあります。美味しい珈琲やお菓子をはじめ、鈴木励滋&まほ夫妻の心づくしが随所に宿る素敵な「場」です。メンバーが安心して暮らせるようにスタッフが「心を尽くす」時間が積み重なり、気づけばメンバーやスタッフさん、そしてワークショップを担当するアーティストにも伝播していくのです。舞台芸術と福祉をつなぐ目的は非日常感を楽しむことはもちろん、そこから「日々」が豊かになるような化学反応が起きることだと思います。
〇ふりかえりでご紹介させて頂いた本です。カプカプをはじめ、ワークショップの現場で音を出す際の哲学としている本です。
ササマは東日本大震災を機に、この本の著者でもある弘前大学今田匡彦研究室で「サウンドスケープ」の実践研究をはじめました。70年代に「音楽、サウンドスケープ、社会福祉」を提示したシェーファーは自身も視覚障害を抱えていました。この言葉には音楽をはじめ、芸術の専門教育を受けた人が、世界を捉え直し、自らの芸術を社会にひらいていく道筋も込められているように思います。
『音さがしの本 リトル・サウンド・エデュケーション』
増補版 R.マリー・シェーファー、今田匡彦 春秋社2008
筆者;ササマユウコ
東日本大震災を機に、R.M.シェーファーが70年代に提示した「音楽、サウンドスケープ、社会福祉」の実践研究、対話の場をつくっている音楽家。芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト代表。