「ろう者と聴者が共同する アジアのオブジェクトシアター」成果発表を観て

   オブジェクトシアターを掲げるラオスの劇団カオニャオと、人形劇をメインとする日本のデフ・パペットシアターが、昨今は福祉×ダンスのワークショップにも尽力する白神ももこを演出に迎え、次作につながる「ワークインプログレス」として成果発表を行いました(実施日:2023年11月26日 場所:神楽坂セッションハウス)。

 今夏のサントリーサマフェスでは2011年の震災後に出会った東西の音楽人、日本とインドネシアの文化が星座のように繋がりましたが、このプロジェクトでも国境を越えて、聴こえる/聴こえない世界をつなぐ別の美しい星座が生まれていました。

 かつて世田谷パブリックシアターに来日したサイモン・マクバーニーが「布と椅子さえあれば舞台が生まれる」と語っていましたが、あえて「オブジェクト」をテーマに掲げた舞台は初見とも言えます。モノから生まれるイメージの断片が連なって、まるで不思議な夢を見ているように言葉を越えた手触りが残る時間でした。

 まず最初にモノがある。そこにストーリーがあるのか、即興なのか観る側にはわかりません。モノから触発される抽象的なイメージが、演者同士のセッションとして次々と提示されていく。モノへのアプローチは現代アートの「もの派」と地続きにあるとも言えますが、ダダ人形を彷彿とさせるような荒唐無稽さもある。しかし西洋の文脈とは明らかに違う。劇場をもたないというラオスの「生活」に根差した新しいアジアの舞台芸術なのだとわかります。普段は人形を扱うデフ・パペットシアターも「モノを人に見立てる」手法に想像力が刺激された出会いとなったようです。

 モノとヒト、モノとオト、ラオスと日本、ろう者と聴者、人形と日用品、さまざまな境界が複雑に響き合い溶け合う瞬間にワクワクする気持ちは、先の見えない即興音楽、子どもの頃の「あそび」の記憶を想起させました。特に劇場で思いついたという木の枝を使ったオープニングの美しさ、ラオスと日本の生活に密着した(炊飯する道具)をめぐるモノとオトとヒトの対話が印象的でした。

  

 言葉や音ではなく、身近なモノを媒体に想像力を飛躍させる楽しさ。マテリアル(素材)のみならず、広い意味での「オブジェクト」に直感的に迫るイメージ。劇団カオニャオ代表のトウさんが何度も話していた、演者がモノに「命を吹き込む」ということは、実はモノと演者の「間」に命が宿ること、モノと人が双方向に響き合う関係性や想像力なのだと思います。モノが「生きもの」になる瞬間がある。それは、オブジェクトを一方向的に「操作する」関係性だけでは生まれない特別な「命」です。それは楽器と演奏者の関係性とも重なります。

 そして演出の白神さんがアフタートークで話していたように、直感的に生まれたイメージとモノの因果関係がくっきりと見えたとき、この実験はアジアならではの新しい舞台芸術に昇華されていくのでしょう。一方で、「あそび」やコミュニケーションのワークショップ、作品未満の即興性や抽象性も個人的には即興音楽的でとても面白いと思いました。

 今回のラオスと日本の出会いの試みが、ぜひ次回に続くことを期待しています。田中みゆきさんの「オブザーバー」という役割も重要で興味深かったです。

 

○公演詳細はこちら

http://www.puppet.or.jp/puppetAr.../entryarchive/_new_7.html


執筆:ササマユウコ(音楽家・芸術教育デザイン室コネクト代表)

1964年東京生まれ。東日本大震災を機に、それまでの作曲活動から「音楽・サウンドスケープ・社会福祉」の実践研究を始める。都立国立高校、上智大学卒。弘前大学大学院今田匡彦研究室社会人研究(2011~2013)。アートミーツケア学会理事、日本音楽教育学会、日本音楽即興学会。東京激術劇場社会共生セミナー、ろう者のオンガク、舞台芸術と福祉をつなぐ「地域作業所カプカプ×新井一座」講座担当など。