アートのような、ケアのような〈とつとつダンス〉2023年度活動報告会@東京芸術センター

海を越えた車椅子ワークショップ『ゆっくり歩く』
海を越えた車椅子ワークショップ『ゆっくり歩く』

 2009年に京都府舞鶴市の特別養護老人ホーム「グレイスヴィルまいづる」のワークショップから生まれた、ダンサー砂連尾理さんを中心とした『とつとつダンス』。コロナ禍に苦肉の策で始めたオンライン活動が思いのほか広がり、今では鹿児島のみならず海を越え、マレーシアやシンガポールへと、静かな波紋のようにじわじわとダンスの輪が生まれています。3日に北千住・東京芸術センターで開催された2023年度活動報告会〈展示・パフォーマンス・トークセッション〉では、冒頭でシンガポールの認知症家族とつながったミラーリング(真似っこ)や、失語症の方のための〈インチキ語の会話〉などで場や関係性をほぐしていくオンライン・ワークショップの様子も〈公開〉されました。
 砂連尾さんの身体ワークは2012年に訪れた『たんぽぽの家』で頂いた「ケアする人のケア」の資料で注目しましたが、その後2017年に京都で開催されたアートミーツケア学会で実際にワークショップを受け、その後も直接お話を伺う機会がありました。「高齢者相手のワークショップは次が無いかもしれない」、一期一会であるという感覚を大切にされていることが、筆者がコロナ前まで10年続けたホスピスコンサートで得た感覚とも重なり共感がありました。
 現在の砂連尾さんは、カプカプ新井一座でご一緒しているALS車椅子利用者となった体奏家・新井英夫さん、その新井さんともプロジェクトを展開している今夏サントリーホールのサマフェスで唯一無二の場をつくっていたジャワ舞踊・佐久間新さんとも緩やかにつながる『ケアの身体の星座』のひとりだと認識しています。
●今回の活動報告会の詳細につきましては、主催一般社団法人torindoのサイトをご覧ください。この活動報告会ではアーティストを支える国内外の堅牢なプロデュース体制も大変印象的でした。以下は、個人的な感想から。

 『とつとつダンス』とは砂連尾さんの個人的な作品ではなく、ダンサー・神村恵さんや映画監督・石田智哉さんをはじめ、文化人類学者、哲学者、国内外のアーティストやディレクター、そして何よりも認知症高齢者の皆さんが緩やかにつながって、新しい未来を目指すプロジェクトの名称だと解りました。その中でダンスを担当する砂連尾さん、神村さんは「息を合わせる/距離を測る/目を合わせる/接触」の四つのエッセンスを取り入れ、相手との関係性や快/不快をも曖昧にするような、抽象度の高いパフォーマンスへと自身の体験を身体化/非言語化していきます。この作品を「とつとつダンス」と呼ぶのではなく、「とつとつダンス」から作品が生まれていく。車椅子利用者である映画監督の石田さんが「ふたりの動きをみていると、自分も少し身体を動かしたような体感があった」と感想を述べていたことが印象的でした。この報告会は、ケアとアートを行き来するなかで生まれる「新しい身体性」の提示だったとも言えます。ちなみに、石田さんの体調が整わず渡航を断念した際にOrihimeを導入したエピソードにも未来の身体性を感じました。

 シンガポールはここから先、高齢化社会に突入すると予測されており、日本をモデルケースにしているそうです。それはつまり認知症や車椅子利用者が当たり前、新しい身体性を受け入れた社会が訪れるということです。一方のマレーシアに至っては介護福祉制度そのものの整備中で、今は家族内でケアを担っている現状があります。しかしそれが当たり前として「自分の老後に不安を抱える人がいない」と話す人もいる。逆に言えば、ケアする人の現状が見えないとも言える。しかし、それぞれの社会事情を悲観的に受け止めるのではなく、日本の小さな場(施設)から生まれた「とつとつダンス」を通して、おおらかに未来を見つめる雰囲気に希望を感じる時間でした。「とつとつダンス」の営みそのものが「関係性のアート(リレーショナル・アート)」と呼べる。何よりも、ワークショップの中心となる砂連尾さんが目指す、静かで気負いのない双方向の関係性、パワーバランスが重要な鍵になっていることは確かです。

 シンガポール側のコーディネーターであるオードリー・ペラレさんは、砂連尾さんのアートを「ツール」としていかに次世代に継承していくかが課題だが、それは「技術」と共に「感覚」が大切だという主旨の内容を話されていました。アーティストがアーティストである理由のひとつに「唯一無二性」があると思っていますが、福祉の場に「アートをひらく」ときは、それまで身を削るように探り当てた「自らのアート」を潔く手放すこともアーティストにはしばしば求められます。その時が「極私が普遍に変わる瞬間」とも言えて、それが自己犠牲ではなくケアとして自然に行えるか否かは、実はアーティストの自我の在りようや適性もあるように思います。逆に言えば誰もが出来ることでは無いからこそ、アートの普遍性が世界と触れ合ったとき、〈アートのような、ケアのような〉新しい未来が生まれていくのでしょう。

 今回は映像に少し映りこんでいただけでしたが、マレーシアのサウンドアーティストで研究者のカマル・サブランさんが、2022年度の活動報告書のプロフィールに「アルツハイマー病患者のためのサウンドスケープのプロジェクト」をあげていたことも興味深かったです。ここにも国や時代を越えて「音楽・サウンドスケープ・社会福祉」の道筋が見えました。
 「とつとつダンス」は、先週のラオスのオブジェクトシアターとデフ・パペットシアターのコラボと共に、今後も注目していきたいアジアのプロジェクトです。


執筆:ササマユウコ(音楽家・芸術教育デザイン室CONNECT代表)

1964年東京生まれ。東日本大震災以降、「音楽・サウンドスケープ・社会福祉」の道筋をたどっている。アートミーツケア学会理事、日本音楽即興学会、日本音楽教育学会。即興カフェ主宰、聾CODA聴の対話、カプカプ新井一座など。