カテゴリ:2021



2021/12/30
NOTE『サウンドスケープとは何か〜シェーファーの耳と目から考える』 8月に亡くなった「サウンドスケープ」提唱者でカナダの作曲家R.M.シェーファー追悼として、今年最後にこの記事を再掲します。21世紀生まれ、大学2年生の我が子に語るつもりで書きました。個人の音楽人生にも大きく影響した氏の主著『The Tuning of The World...
空コレ · 2021/12/23
 3月11日『春と修羅 序』、夏至のオンガク、秋分カプカプ祭りに続き、今年最後の空コレ記録です。メンバー6人の知覚をひとつにつなぎ、ひとりでは体験できない2021年冬至の時空を記録しました。4分程度ですので、是非ご覧ください。 〇空耳図書館コレクティブとは...
2021/12/08
 現在開催中の東京国際ろう映画祭に出品されている映画『オーディズムについて対話しよう』の監督インタビューです。昨今、ろう者や聴覚(障害)をテーマにしたアートや映画作品や音楽活動が増える中で、特に聴者が知っておきたいことが1975年にアメリカで提唱された「オーディズム」という概念です。日本語に訳すと「聴力主義」。これは音・聴覚の専門家ともいえる音楽家にとっては最も遠い概念とも思えますが、だからこそ「知らなかった」ことで生まれてしまう問題があることを少しお伝えしたいと思います。  例えば音楽の場合。「音楽には音がある、音のある音楽は素晴らしい」と考えるのが聴者の音楽家の”当たり前”だと思います。そのことには全く問題ありません。だからと言って、そもそも音がきこえない聾者に対して、彼らがそれを望んでいない場合を想定せずに「音のある音楽の素晴らしさを伝えよう」とする行為には無意識の差別の萌芽、聴力(音のある世界)を上に置く関係性の不均衡があるという考え方です。これは聴者の音をベースに「手話歌」を教えようとする関係性にも当てはまります。手話を英語に置き換え、ネイティブスピーカー(ろう者)に対して英語学習者が主導権を握っている関係性になると考えると解りやすいかもしれません。もちろんろう者は「オーディズム」によって聴者を非難している訳ではありません。聴者の世界の「当たり前」を一方的に押し付けるのではなく、まずは「音のない世界」に耳を傾けてほしい、その「対話の必要性」を訴えているのです。そこから生まれる「手話歌」や「オンガク」が大事だということです。  「オーディズム」の存在を知ると、聴覚障害を扱った聴者からアウトプットされる”作品”や”言葉”も大きく違ってくるはずです。例えば昨日ご紹介した『サウンド・オブ・メタル』は、あくまでも「主人公=聴者の中途失聴者」の「耳」から描かれた聾文化という視点を崩さずに、想像以上に丁寧に迫っていました。この作品に与えられた2021年アカデミー賞の音響賞・編集賞は、音響技術そのものへというよりは今までにありそうで無かった「難聴者のきこえ」から音を設計したという新しい視点に与えられたのだと思います。一方で、現在展示中の『語りの複数性』(公園通りギャラリー)の中には、ろう者にとってデリケートな問題である「口話教育」を無意識に後押しするような危うさ、アンフェアな関係性に生まれる暴力性を孕んだ映像作品がありました。字幕はありましたが「鑑賞者」にろう者が想定されていたかは不明です。聴者の作家にはその意図が全く無かっただろうと思うだけに、問題提起としては面白いアートでしたが芸術体験とは別のモヤモヤが残ります。障害や異文化をテーマにした作品や活動が増えていく中で、他者理解、異文化理解としての「障害学」、倫理のまなざしから自己規制ではなく自らの表現を問う姿勢は常に持っていたいと思うのでした。それは高齢化が進み様々な”障害”を抱えた身体や知覚が社会に増えていく中で、芸術活動に限らず日常的に問われていくでしょう。  私がこの問題を意識するようになったのは、ここ数年「サウンドスケープの概念は差別的」という言説を、特に若い世代に見かけるようになったからです。もともと音楽の内側で生まれた概念とは言え、確かにシェーファーの言説は聴覚に偏りすぎ、音楽/聴力至上主義的な印象があります。私自身は東日本大震災時に自身のオンガクを見失った時、氏の力強い言葉がアイデンティティを支える上で大変励みになりました。なぜなら音のある音楽を聴くこと、演奏することは私の人生そのものだからです。  しかし一方で2016年の映画『LISTEN リッスン』監督たちと対話を続ける中で、音・聴力だけを主張する世界からは弾かれてしまう人がいること、また知覚(きく)は個体差が大きく、特に聴覚器官(きく)は耳だけではないということに気づいたことがきっかけで自分の中の「何か」が変わりました。何より「音のない世界」は常に音のある世界の傍らにあることに気づいたからです。だからこそ、それぞれの世界が共に響き合うような豊かな関係性を丁寧に模索していけたらと思います。  このあたりは先日のNOTEで「シェーファーの耳と目」からもお話しています。氏の視覚には生まれながらに障害があり、美術(視覚)から音楽(聴覚)へと世界の軸を移さねばならなかったシェーファー自身の知覚、世界の捉え方を紐解くことから「サウンドスケープとは何か」を改めて考えて頂けると思います。差別主義ではないこともお分かりいただけると思いますし、オーディズムを考える上でもご一読頂けると幸いです。 〇サウンドスケープとは何か~シェーファーの目と耳」 https://note.com/connectconnect/n/n6094768b1b5b
2021/11/13
9月18日に開催された東京芸術劇場社会共生セミナー『もし世界中の人がろう者だったら、どんなかたちの音楽が生まれていた?』(登壇:牧原依里、雫境、ササマユウコ)の冒頭で、ササマユウコのレクチャー「サウンドスケープとは何か」を要約しました。今回は、8月に亡くなったシェーファーの知覚に焦点をあてた新しい視点を加えてお話しましたので、ろう者・聴者、また音楽関係者に限らず「生きるための知恵」として発明されたサウンドスケープという言葉の意味について考える機会にして頂ければ幸いです。 ●こちらからご一読ください。 ●本文内容についてのお問合せもこちらからお気軽にどうぞ。
2021/11/01
 昨年から1年の延期を経て、10月初旬から約1か月に渡ってワルシャワで開催されたショパン国際ピアノコンクール。日本国内からの本選出場者は14名となり、その中で反田恭平さん(2位)、小林愛実さん(4位)がW受賞、人気Youtuber角野隼斗さんが三次予選まで進出するなど話題になりました。また1年延期されたことで各国出場者も魅力的なショパンを提示し、結果的に大変充実したコンクールとなりました。  さらに今回はコロナ禍での開催ということで、7月の予備予選からすべてのコンテスタントたちの演奏がYoutubeで無料配信されるというパラダイムシフトがありました。これによって普段はクラシック音楽を聴かない層にも視聴者を広げ、コンクールそのものが世界各国で注目を集めました。  今回コネクトでは第二次予選から全てのコンテスタントの演奏をなるべくライブで視聴し考察をしてみました。筆者(音楽家・ササマユウコ)は音大卒ではありませんが、3歳からピアノをはじめ、10歳で専門教育に移り、11歳の時にショパンで出場した某コンクールで最高位を頂いた経験があります。また20代の頃にヤマハの『ピアノの本』編集部にも所属しました。クラシックはもはや門外漢ですので演奏そのものの批評は避けますが、今回は「耳の哲学」の「問い」としてコンクールそのものを「きく」こと、そして考えてみようと思いました。  三次予選までに独自の基準で13名を選出し、そのうちの9名がファイナリストに、結果的に8名全員が入賞者となりました(予想順位は若干違いました)。今回の審査基準と自分の感覚にブレが少ないと感じましたので、ここで選ばれた「オンガク」とは何だったのか、ショパンを演奏するとは、ショパンとは何なのかをサウンドスケープの視点、耳の哲学から考察し紐解いてみました。  ピアノを弾く人/弾かない人、音楽や芸術を越えて、生きることを考える内容だと感じていますので、是非ご一読頂けますと幸いです。 ●ショパン国際ピアノコンクール2021 サウンドスケープの視点、耳の哲学からの考察です。 どうぞこちらからご覧ください→
2021/10/25
●前編 舞台の鑑賞レポはこちらから→  この後編では共同演出の雫境さん、無音の”オンガク”映像も担当した牧原依里さんそれぞれに「アーティストの視点」から、筆者が用意した質問にメールで答えて頂きました。何度かやりとりが生じた舞台に関する質問は、雫境さんの欄にまとめています。あらかじめご了承ください。
2021/10/20
 1か月以上にわたる緊急事態宣言が9月末に解除された東京。その最初の週末だった10月2日(土)の東京芸術劇場では、今年で五回目となる現代音楽の祭典「ボンクリ」が開催されました。...
2021/10/03
 先日登壇した東京芸術劇場の社会共生セミナー「もし世界中の人がろう者だったら、どんな形の音楽が生まれた?」の関連企画として、昨日ボンクリフェス「音のないオンガクの部屋」が開催されました。非常に興味深い内容でしたのでステージの内容については別途レポしたいと思います。以下の質問回答はパフォーマンス後の牧原依里さん、雫境さんトーク内容とも近い質問でしたので、Noteと同内容のものをこちらでも回答いたします。  劇場よりセミナー後に回収されたアンケートも頂きました。回収率が高く、また聾者/聴者を越えて皆さん集中してご視聴頂けた様子が伝わってきました。今回は私自身の10年の活動を初めて言語化し、8月に亡くなったシェーファーの「目と耳」からサウンドスケープの知覚、世界の捉え方をお伝えして、おふたりのお話へとつなげました。皆さんのイメージも沸きやすかったようで、感想を頂きほっとしました。私自身もここからまた10年?新たな展開が始まる予感がしています。  アンケートでは「もっと聴きたかった」という感想も多く頂きました(2時間ありましたが。。)。映画『LISTENリッスン』公開から5年間、本当に話題が尽きることなく音楽/オンガク対話が続いています。また3人で対話する機会はどこかであると思いますので、引き続きご注目いただければ幸いです。
2021/09/24
 台風が心配されましたが、先週18日には無事に「東京芸術劇場共生社会セミナー もし世界中の人がろう者だったら、どんな形の音楽が生まれていた?」(登壇者:牧原依里、雫境、ササマユウコ)が開催されました。音のある/ない世界を越えて定員を超えた多くの皆さまにご参加頂けたこと、心より感謝申し上げます。オンライン画面には手話通訳、UDトーク(文字情報)も入り、コロナ以降に出現したオンラインの「時間と空間」に不慣れな私は、若いスタッフや牧原さんにもずいぶん助けて頂きました(まさに共生です)。  2016年の映画『LISTEN リッスン』公開時のトークをきっかけに、「音楽/オンガクを問う」お二人との対話の時間はもう5年も続いています。毎回話題に尽きないのは、おふたりが常に「音楽/オンガクとは何か」を真摯に考えているからですし、今回も2時間が足りないほど豊かな内容となりました。最後に参加者の皆さまからたくさんのご質問を頂きましたが、今回はその中で私(ササマユウコ)に頂いたものをまとめてこちらで回答しています。基本的に音のない世界に向けてのお話です。  「目できく、耳でみる」知覚の捉え直しや、「サウンドスケープ」と名付けられた響き合う世界との関わりは、言葉だけではなかなか説明が難しいものです。本文最後にご紹介した「東京アートにエールを!」公開の映像作品「空耳散歩 LISTEN THINK IMAGINE」も、是非あわせてご覧頂けましたら幸いです。  また他の質問につきましても「音楽」の根本を問う興味深い内容が多かったので、あらためて考え別途記していきたいと思っています。引き続き、ご注目頂けましたら幸いです。
2021/08/16
【訃報】「サウンドスケープ」や「Acoustic...

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