今月から毎月1冊、「芸術教育デザイン」のまなざしからお勧めの本をご紹介します。
今月は2020年3月末に亜紀書房から出版されたティム・インゴルド著『人類学とは何か』をご紹介します。裏表紙にはまるでコロナ時代のはじまりを預言するかのような言葉が並んでいますが、これは驚くべきことに偶然の一致です。なぜなら、この本の内容は20世紀の人類学の在り方を問い直し、もっと大きな視点から「人類(学)の未来」について書かれたものだからです。読まれるべき本、未来に残るであろう本には、不思議と時代の力も働くように思います。
ティム・インゴルドは「線」から世界を捉え直した『ラインズ~線の文化史』で人類学のみならずアートや音楽、さまざまな分野で一躍注目された気鋭の人類学者ですので、既にご存知の方も多いと思います。以前ご紹介した弘前大学の高橋憲人著『環境が芸術(アート)になるとき~肌理の芸術論』でも参考文献として紹介されています。インゴルドの思想はサウンドスケープをはじめ、自分の周囲にある世界(環境)との関係性、それを紐解く芸術論とも非常に親和性が高いです。
この著書の中でも指摘されていますが、ひとくちに人類学といっても「音楽人類学」「文化人類学」「社会人類学」等、門外漢からはこの分野そのものがどんどん細分化され、なおかつ分断されていくような印象があります。この先、人類学はどこに向かっていくのか。どうあるべきか。インゴルドはその可能性を「アート」分野に見出していて、それは芸術教育を考える上でも示唆に富む展望だと思いました。
人類学の入門書というよりは、インゴルドの思想に対する入門書と捉える方がよいと思います。世界を俯瞰しながら、その中心点を捉えていく、マクロとミクロのコスモスをつなぐ思考です。
それはコロナで分断されてしまった他者と相互に(利他的に)関わり直し、人類の未来を”共に”本気で考える。そのためにアカデミズムが存在するのだということを再認識するための思考のレッスンとも言えます。個人的には「人間を信じること」の大切さを説かれている気がしました。20世紀の人類学者のように研究者が同じ人類であるはずの「他者」を研究対象として一方的に観察する姿勢ではないのです。人類学は人が人を信じて深く関わり合い、そこから未来の在り方を共に考える学問なのです。人類学を音楽や芸術や教育に置き換えて読み解くこともできます。まさに今の時代に読まれるべき一冊だと感じました。ササマユウコ